人類学者の雑記ブログ(脳科学から統治理論まで、理系文系幅広く。)

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JALとANAの採用試験(客室乗務職)を受けた話

 私が学生時代に家庭教師をしていたとき、ある女の子と出会った。

1.才色兼備

 当時、その子は高校2年生で、同世代の子たちと比べるとめずらしく将来に対して明確な夢と目標を抱いている子だった。その子の夢は、客室乗務員(いわゆるキャビンアテンダント/スチュワーデス)になることだった。そしてそのために、少しでも良い成績を取って、少しでも有名な大学に入りたいと私に言ってきた。

 彼女は、私がそれまでに担当してきた数多くの生徒の中でも、学業成績が極めて良い生徒だった。数学以外のすべての科目で偏差値65~73を維持し、幼少期から習い事に通じていたため、高校2年生にしてピアノの演奏技術は音大の学生に匹敵する水準で、歌唱力も高いものだった。また、書道の師範代の資格も有していた。
 座学に長けるだけでなく、運動能力も秀でたもので体育の成績は常に5段階で4~5。さらには168センチの長身に対して体重が40キロ前半という細身のモデル体型。まさに、絵に描いたような才色兼備の優等生だった。

 そんな彼女は、大学入学を視野に入れて唯一苦手な数学を克服するべく私のところにやってきたのだ。

 結論からいうと、彼女は無事に大学に合格することができた。そして入学後も学業に専念し、試験前には時間を惜しまず徹底した試験対策を行っていた。その結果、一年次の前期試験では全科目で『優・A』評価以上を取得した。(私は嬉しくて、思わずコピーをとって部屋に飾った)
 その後も彼女は、優秀な成績を修め続けた。

 彼女と出会って4年と少しが経過した頃、いよいよ彼女が就職活動の時期を迎えることになった。JAL(日本航空)とANA(全日空)に提出するエントリーシートを何度も練り直し、そして心から納得した上で完成させた。いくつかの企業の入社試験を練習として受け、それらと並行しながら本命の航空会社の入社試験を受けた。合格する自信はあった。これは彼女だけでなく、長年にわたって彼女を間近で見てきた私も同様だった。

 応募から数日後、エントリーシートが通過したとの連絡が寄せられた。彼女も私も互いに大いに喜んだが、共に内心どこかで『当然』だという思いはあった。

 『このスペックで合格しなかったら、今年の合格者はいないですよね(笑)』

 彼女はそんな冗談を口にしながら、その後も対策を重ねた。エントリーシートを用いて就職活動を行った経験がある人なら分かるかもしれないが、学生はエントリーシートが通過すると、それだけでさも内定をもらった(入社が決まった)かのような気になるものだ。彼女も私も同様で、二人の中では内定は決まったようなものだった。華々しく採用試験に合格し、そしてキャビンアテンダントとして空を翔ける姿が、私たちの頭には浮かんでいた。

 しかし、現実は私たちの認識とは異なったものだった。後の面接で、彼女は不合格となった。これには彼女も私も驚いた。

 『きっと何かの間違いではないか』

 互いに、そんなどこかで聞いたような感想しか言えなかったことを覚えている。
 彼女は動揺を抑えながら、その後は可能な限りの航空会社を受験した。結果、彼女は全ての航空会社の採用試験で不合格となった。

 現実は、ドラマや小説とは違うものだ。

 私たちが日々生きる社会は“競争社会”であり、それゆえ決して全ての人に対して等しく優しい結果が訪れるわけではない。彼女は、現実を受け入れなければならなかった。とはいえ、彼女が他の人たち(合格者)よりも劣っているのだと認識するには、あまりにも積み上げてきたものが大きかった。そして彼女は失意のまま、大学を卒業することになった。

2.不本意な選択

 全ての航空会社の採用試験に不合格となった彼女は、不本意ながら進学塾で塾講師の職に就くことになった。

 塾講師の業界というものは少し特殊な業界で、人によってはひどく外界から隔離された感覚に強く見舞われる職業である。(私も学生時代に籍を置いていたことがある)
 勤務時間は14時から23時、休日は水曜日と日曜日。毎日のように日付が変わってから自宅に戻り、翌日昼過ぎに家を出る生活。業務内容は、予め定められた教科書の内容を教室でひたすら教え続けるというものであり、一般社会(時勢)の変化による影響を全くと言ってよいほど受けない業界・業務であるため、ひどく閉鎖された空間に閉じ込められた感覚になる。(人によるが。)。
 たしかに、人によっては『充実して楽しい職業』との声も聞かれたが、不本意にこの業界に入ってきた彼女にとっては、心身ともに健全でいられないのは明らかだった。そんな彼女の毎日は、大変荒れたものだった。そして、上司との衝突も絶えなかった。

 ある日、彼女はストレスから、口論となっていた上司に対して、

『私は元々ここで働く気なんてなかったんですから!今だって毎日毎日辞めることばっかり考えてます!!!』

と叫んだ。彼女の本音だった。

 彼女はその言葉通り、客室乗務員になる夢を実現しようと、卒業後もずっと中途採用試験の対策を行っていた。

 彼女は本音を公言して以降、勤務時間内だけは塾講師として(もはや開き直って)勤務し続けた。それが功を奏し、次第にストレスも以前ほど強いものではなくなっていった。

 ようやく彼女の精神が落ち着きだした頃、再び採用試験の時期が来た。そして、可能な限りの採用試験を受験した。彼女の意志と努力は、並大抵のものではなかった。

 しかし、彼女はこの年も、全ての航空会社の採用試験で不合格となった。彼女と私は頭を抱えた。エントリーシートはいつも難なく通過する(不合格だったことは一度もない)にもかかわらず、それでいて面接結果は常に不合格。

 一般的に、“客室乗務員の審査に落ちる”と聞くと『もしかすると容姿に問題があるのではないか』と考える人も少なからずいるが、彼女の容姿に関しては、控えめにいっても良いの部類に入るものだった。(彼女に惹かれて言い寄った異性は多く、私の知人も言い寄ったほどだ。)
 また、客室乗務員のエントリーシートには顔写真と全体写真の添付が必須であるため、その審査に通過している以上、彼女の容姿が審査に不利に働いているとは思えなかった。
 常に面接で不合格となり続けることに関して様々な推測・仮説が考えられたが、仮説は仮説、内部の人間(それも採用担当者)でなければ具体的な採用基準は分からない。

 こうして不採用が続く中、彼女は今までとは異なった攻略法を採った。それは、『とりあえず空港で働く』というもの。彼女は、すぐに客室乗務員になれなくとも、憧れの職業に近い職場で働くことができるのなら今の状態(塾講師)よりもはるかに充実した毎日を過ごすことができるだろうと考えた。
 そこで彼女は、航空会社のグランドスタッフの一つであるグランドホステス(※チェックインカウンターの受付業務を行うスタッフ)の採用試験を受けた。この採用試験には一度で合格し、内定を取ることができた。もともと基礎能力の優れていた彼女だけに本来は驚くべきことではないかもしれないが、何度も“不合格”の結果を突き付けられ続けた私たちにとっては少なからず驚きがあった。

 こうして、彼女は空港でグランドスタッフとして勤務することになった。彼女の夢に一歩近づいた瞬間だった。この後、彼女はそれまでの人生の中でも前例がないほどの努力をすることになるのだが、それゆえこれまでに経験したことのないほどの“現実の壁”を知ることになる。

3.新しい職場・新しい出会い

 中途採用で航空会社のグランドスタッフとして勤務することになった彼女は、新しい職場に二種類の人間がいることに気付く。一つは、グランドスタッフのまま満足している人たちであり、もう一つはグランドスタッフの職に満足せず、客室乗務員になるための〝繋ぎ〟としている人たち。

 そんな新しい職場で、彼女は一人の同僚と出会う。

 その同僚は、彼女と同じく客室乗務員を目指していた。2人は〝親友〟と呼べるほど仲の良い関係ではなかったが、お互い目指すものが同じであったことからそれなりに会話を重ねた。

 彼女曰く、その同僚は合コンが好きだという。そしてその同僚曰く、航空会社に勤務しているというステータスは、合コンではかなり評価が高いとのこと。
 (どうやら人は、交際を意識する相手の『職業』に対して強い興味を抱くようだ。かつての私の知り合いが、『将来、絶対に医者と結婚する』と断言し、看護師になって医者を捕まえた話がある。正式に結婚が決まるとわざわざ私のところまで訪れ、ご丁寧に『医者です』と紹介してくれた。)

 合コン好きのその同僚は、時間を見つけては合コンに参加していた。彼女にも頻繁に声をかけたそうだが、彼女は一度も参加することなく、自身の時間を可能な限り採用試験の対策に費やしていた。
 グランドスタッフの業務をこなすには多くのマニュアルを覚えなければならないらしく、それが客室乗務員の採用試験に無関係ではないことから、彼女の生活は常に採用試験を意識したものとなっていた。

 グランドスタッフとして日々の業務に慣れた頃、採用試験の時期を迎えた。何度も書き慣れたエントリーシートを仕上げ、今回も無事に、書類審査を通過した。

 問題は、ここから。

 一次面接に通過し、二次面接も通過。そしてようやく、最終面接に進むことになった。対策に対策を重ねて、彼女が万全として挑んだ最終面接。その結果は、またも不合格だった。彼女の失意は計り知れないものだったはず。
 しかし、話はここで終わりではなかった。合コンに明け暮れていたあの同僚が、最終面接に合格したのだ。

 彼女にとって、最悪の展開。

 同僚とはいえ、『おめでとう』という気持ちなど微塵もない。それどころか、『憎い』とさえ私に言った。目の前で起きた事実を“競争社会の結果”として割り切って受け止めるには、彼女はあまりにも努力し過ぎた。

 これが現実。

 良いことは何一つとしてドラマや小説のように起きてはくれないのに、悪いことだけは容赦なく降りかかる。彼女の意志も努力もひたむきさも、なんら結果は汲んではくれなかった。

 私が知る限り、就職活動には、受験者(特に学生)にとっての“理不尽さ”が多く潜んでいる。真面目で基礎学力の高い学生が評価されず、碌(ろく)に大学に通わず、口先だけでが内定を獲ってきた学生を私は何度も見てきた。笑顔で嘘を付くことができる人間が高く評価される世界が、そこにはあった。

 とはいえ、そのような社会を恨んだところで根本的な解決にならない。社会では常に結果が求められ、その結果によってのみ、この社会は構成されている。それゆえ、そんな社会で生きていくためには理不尽さを平然と捌ける技量が必要だった。

 私と彼女はその後、それまで以上に話を重ねた。就職活動のこと、これからのこと、そして、社会で生きていくということがどういうことなのか、人の能力とは何なのか、“優れている”というのはどういうことなのか。話の内容は多岐に渡った。彼女はもともと頭の良い生徒だったので、質問や意見は常に的確で冷静なものだった。こうして、時間があればひたすら話をする、そんな日々が続いた。

 ある日、彼女は雑談がてら、航空会社が好む“顔”の話をしてくれた。彼女曰く、各航空会社には、好みとしている顔の傾向があるとのことだった。いわゆる『JAL顔』や『ANA顔』というもの。(私は半信半疑で聞いていたが。)
 JALはすらっとした『美形』タイプの女性を好み、ANAはほっこりした『ほわほわ癒し系』タイプの女性を好むというもの。こう聞くと笑い話で済むが、そんな基準がもしも本当に存在しているのなら、それらに該当しない人たちが合格するのは至難の業だ。

 人はときに、『引き際』を求められる。意地や気合ではどうにもならないことなど、この社会には数えきれないほどある。これは、採用試験においても同様である。受験し続けることでいつかは合格できるというのであれば、誰だって簡単に夢を叶えることができる。誰だって一流企業に入社でき、誰だって医者になり、誰だって弁護士になることができる。
 現実は、それほど単純ではない。『受験者の数>採用枠の数』という事実が変わらない以上、一生涯を通じて受験し続けても合格しない人たちが確実に存在する。

 定期的に行われる彼女との話の中で、ある日ふと、年齢制限の話が挙がった。

 『入社時に25歳を超えることになると、選考において著しく不利になるのではないのか』

 そんな考えが、次第に根拠もなく彼女と私に浮かぶようになった。経験者としての中途採用ならまだしも、未経験での中途採用となると、ボーダーラインとして25歳説は極めて現実的な基準であるという私たちの仮説には、残念ながら十分な説得力があった。

 このとき、彼女は24歳。

 意志の強さや努力の量だけでは決して超えることができない〝現実の壁〟が、彼女の前に立ちはだかっていた。彼女の年齢のこと、適正のこと、そして採用担当者の好みのこと、それら色々な要素を考えると、次の採用試験の結果によっては、もしくはそう遠くないうちに、『区切り』を付ける必要性はゼロではなかった。

 私が『今年で最後じゃないから』と声をかけると、彼女は『大丈夫ですよ』と振り絞った笑顔で返す。そんな彼女をみて、私はいたたまれなくなった。

 それから間もなく、彼女は再び採用試験を受ける。彼女はもはや、結果に淡い期待を抱くにはあまりに現実に打ちのめされていた。

 数日後、最終面接の結果が彼女に届けられる。夢が夢で終わるのか、それとも現実となるかの分岐点であるその通知に、彼女は手を伸ばした。

4.彼女の声

 航空会社から合否連絡を受けた彼女が、私に電話をかけてきた。

 『受かりました!!!合格したんです!!私!!!スッチーです!!私スッチーになったんですよ!!!!!』

 文字で表すと分かりやすいものの、実際には彼女は大変な興奮状態にあって声は金切り声。スピーカーは音割れし、彼女の言葉のほとんどは聞き取れないほどだった。それでも、彼女の喜びだけは、はっきりと私に伝わってきた。彼女は電話越しに何度も喜びを口にした。何度も、何度も、何度も。

 このとき、彼女と私が出会ってから(つまりは彼女が本格的に夢の実現に取り組んでから)、8年と3ヶ月の月日が流れていた。

 8年がかりで彼女が叶えた夢だけに、その連絡を受けたときは私も心から嬉しく思った。そのときは、身体が宙に浮くような感覚だったのを覚えている。彼女はついに、自らの意志と努力で夢を現実にした。
 面接の内容を詳しく聞くと、『今までの全てを話した』とのこと。幼いころからの夢だったこと、毎年受験に失敗し、その度に心からつらい思いをしたこと、同僚が先に合格し、素直におめでとうと言えなかったこと、自分ひとりの力ではなく、多くの人の手助けがあって今その場にいること。そして、合格に人生の大半を賭けたこと。

 普段は人に弱みを見せずに人一倍背伸びをする彼女が、面接ではめずらしく自身の弱さもみせたとのことだった。もともと能力の高い彼女のこと。面接で一度面接官の心をつかむと、話が驚くほどスムーズに進んだことは容易に想像できる。
 こうして彼女は、果てしない努力と執念、そして成長の果てに長年の夢を叶えた。そして東京の羽田で、全日本空輸株式会社 客室本部 客室乗務員として(つまりはANAのキャビンアテンダントとして)、新たな人生を歩むことになった。

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