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“最新の医学“における常識は、時代が進むにつれて“非常識”なものとなる。それゆえ私たちは、常に最新の医学を追わなければならない。

医学の常識は、永久不変ではない

 『ストレスが、身体に悪影響を及ぼす―――』
今となっては一般常識ともいえるこの認識は、医学の歴史全体からみると極めて浅い歴史しか持たない。

 英語で緊張や不安、ストレスを意味する単語は“tension”であり、これに対して高血圧を意味する単語は“hypertension”である。それぞれの単語を比較するとストレス(tension)が高血圧(hypertension)と一定の関係性にあると容易に想像できるが、少なくとも1960年代までは、どのようなストレスであってもそれが身体に悪影響を与えるとは考えられていなかった。医学(医療)の世界で『ストレスが原因で身体に悪影響(例:高血圧)が現れている』と診断しようものなら、それは異端(=誤った認識・考え)として扱われていた。

 こうした認識は、ストレスに限らず他のさまざまな病気にもみられる。いつの時代であれ、その当時の最新の医学では“常識”であり“適切”であると信じられていた考え方や治療法が、時代が進むにつれて“非常識”なものであったと見直されることは少なくない。

病気に関する“誤った認識”の歴史

 紀元前1万年~紀元前2000年頃では、痛みや病気は悪霊によってもたらされるものであると信じられていた。それゆえ、部族のシャーマンは治療の一環として、病者に対して悪魔祓いの儀式をとり行っていた。

 紀元前5世紀のギリシャでは、“医学の父”といわれたヒポクラテスが体内にある4つの体液(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁)のバランスが崩れることで病気が引き起こされると主張していた。(四体液説)
 四体液説では、体内の血液量が多すぎることで発熱が生じると考えられていた。それゆえ当時の医者は四体液説に基づき、発熱した患者を治療するために血液量を減らすべく瀉血(しゃけつ※皮膚上から静脈に穴を開けて血液を体外に排出させる治療法)を行っていた。この手法は、患者が怪我によって出血している場合にも行なわれた。
 体内にある体液のバランスを保つための他の方法として、瀉下薬(しゃげやく※下剤や催吐剤)が処方されることもあった。処方される催吐剤の中には、猛毒のヘレボルス根もあった。四体液説に基づく治療法としては他にも、体内の粘液を排出するために意図的に傷を化膿させる方法(化膿によって生じる膿が体内の粘液を減少させるという考えに基づく方法)や、体液の増加を防ぐための絶食などがあった。

 四体液説と瀉血(しゃけつ)は、西暦を迎えた後も重要視され続けた。ギリシャの医師ガレノス(西暦129年~200年)も、四体液のバランスを整えるためには他のいかなる治療法よりも瀉血が重要だと考え、にきびや肺炎・てんかん・脳卒中に至る数十もの病気に対して瀉血を処方していた。
 ガレノスは、患者の年齢や気質、または季節や天気などに基づいて、どれだけの血液を抜くべきかを定めた複雑な体系を編み出した。そして、それぞれの病気に合わせて異なる静脈を切開するべきであると考えていた。例えば、肝臓の症状の治療には右手の静脈を切開し、脾臓の症状には左手の静脈を切開していた。
 ガノレスは生涯に数十冊の医学書を著し、その内容はキリスト教の教義にまで組み込まれため、瀉血の効果はガレノスが亡くなってから何世紀にもわたって後世に伝わっていった。

 ガレノスが亡くなって1500年ほどが経過した1628年、イングランドの医師ウィリアム・ハーヴィは血液循環を実証して瀉血の根拠となる理論の誤りを証明した。もっとも、2000年以上にわたって信じられ続けた瀉血療法は、その後も一部の人たちの間で支持され続けた。例えば、アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントン(1732年~1799年)は、退任後に喉の感染症にかかったときに瀉血療法を求めた。しかし、10時間にわたって全身の血液のおよそ半分が排出され後、出血多量によって亡くなったした。こうした事故の後も瀉血は病気の効果的な治療法として認識され続け、1850年代に最盛期を迎えることになる。

 瀉血や体液医学が否定されるようになるのは、顕微鏡の発明後、19世紀の中ごろに細菌が観察できるようになってからであった。四体液説と瀉血という誤った認識や治療法は、細菌の存在が知られるまでの2500年間近くにわたって西洋世界に影響を及ぼし続けた。

ペスト(伝染病)の流行

 正しい原因や治療法が不明であったために被害が拡大した他の例としては、14世紀にヨーロッパ全土で拡大したペスト(伝染病)の事例があげられる。
 1346年、ヨーロッパではペストが蔓延しつつあった。ペストの初期症状は鼠径部(大腿部の付け根・股関節の前方部分)、腋下(脇の下)、頸部(首)のリンパ節に生じる痛みを伴う横根(腫れ)で、続いて急性の発熱、吐血、皮膚にそばかすに似た黒色や紫色の斑点(皮疹)が生じる。これらは腺ペストの症状で、他界率(※亡くなる率)は80%だった。また、感染が肺に達して喀血(かっけつ)して呼吸器症状をきたす肺ペストもペストの一種で、他界率は90%~95%だった。皮膚に紫色の斑が現れる敗血症性ペストの場合は、他界率はほぼ100%だった。

 当時のフランス国王のフィリップ6世は、パリ大学のグループにペストの原因の調査を求めた。調査の結果、3つ惑星の不吉な合(地球から見て惑星が太陽と同じ方向にくること)が大気中に大悪疫を引き起こしたとして、いわゆる瘴気(しょうき:悪い空気)が原因であると結論付けた。一般大衆の中には、原因を『罪悪に対する神罰』と考え、信仰治療師にすがる者もいた。

 治療方法としては、ここでも瀉血(しゃけつ)が用いられた。また、他の治療法として『患者に水銀を塗る』『かまどに入れる』といった方法も提唱された。さらに、『何日も踊り続け、他の人間に自らの身体を踏みつけさせることで疫病を終わらせることができる』と信じる集団も現れ、髪に花を挿して半裸で踊り続ける光景がみられた。他にも、花束や香りの強い花を携えることで“悪い空気”を回避することができると信じられた。それゆえ、前部がくちばし状になったマスクが考案され、くちばし部分には悪い空気をろ過するために薬草と香辛料で香りを付けた麦わらが入れられていた。その他、多くのまじない、呪文、祈祷も試みられた。
 こうした数多くの対策はひとつとして功を奏さず、ペストが流行して7年間で、ヨーロッパの総人口の60%が亡くなった。

 14世紀に蔓延したペストは、その後も世界各国で猛威を振るうことになる。17世紀になってフランス、イタリア、ロンドンで100万人が息を引き取り、19世紀になってからも中国、インドで1,000万人以上が息を引き取った。

 19世紀の中ごろになってようやく、病気を引き起こしているのは“悪い空気”ではなく、目に見えない小さな微生物(細菌)であることが認識されるようになった。ペストの原因が解明されたのは、1898年にネズミノミが第一媒介種であり、ドブネズミを宿主とすることが発見されてからのことだった。20世紀に入ってからはペストを克服するために抗生物質が生産されるようになり、ペストによる被害は減少していった。

『知る』ということの重要性と、その難しさ

 医学の進歩の歴史は、誤った治療法による犠牲の歴史でもある。医学の歴史を振り返ると、誤った認識に基づく治療が病者の命を奪うことも多くあった。健康に末永く生きるためには、病気や身体に関する正しい認識を持つことが必要不可欠となる。

 21世紀を迎え、インターネットが普及したことで現在では以前と比較して遥かに多くの情報を誰でも容易に得ることが可能となった。今やインターネットを活用することで、場所や時間を問わずに誰でも医学や医療に関する最新の情報を得ることができる。こうしたツールを駆使することが、日々の健康の維持・促進の実現に不可欠となっている。
 しかし、誰でも情報を得られるようになったと同時に、誰でも世界中に向けて情報を発信することができるようになったことで、信憑性のない情報が“信憑性のある情報”であるかのように発信され、インターネット上に氾濫するという問題も生じている。「健康や医療をもっと身近に。」をテーマにヘルスケア情報をまとめたインターネットサイトである『WELQ(ウェルク)』は、そうした問題が露見した事例のひとつとしてあげられる。WELQ(ウェルク)では『肩こりは幽霊のせい』『ラーメンを食べると風邪が治る』といった根拠の欠く説が多く掲載されていた。
 こうした誤った情報は、情報の受け手の身体に悪影響を及ぼす可能性がある。かつての医学の歴史にみられた“誤った認識・治療法に基づく事故”が起きる可能性が、今日の高度情報化社会においても存在している。

高度情報化社会の危険性

 健康の実現は、病気や身体に関する正しい知識の獲得と不可分一体の関係にある。情報が容易に得られるこの時代においては、いかにして信憑性のある情報を得るかが重要となる。また、医学の進歩は日進月歩であるため、以前までは正しいと考えられていたことが誤りであったと見直されることや、以前までは原因や原理が不明であったものが新たに解明されることもある。それゆえ、常に最新の情報(最新の研究結果)に着目することも重要となる。

 “最新の医学“における常識は、時代が進むにつれて“非常識”なものとなることがある。それゆえ人々は、常に正しい情報を知るための分別をつけなければならない。

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