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戦後73年を経て、何を思うか。橋下徹氏の“あえて言う。負けたからよかった”発言を考える。

 8月14日に配信されたプレジデント社の公式メールマガジン、「橋下徹の『問題解決の授業』」にて、橋下氏は次のように述べた。

あの大戦で日本が負けたことは、戦没者の皆さんやご遺族の皆さんに大変感謝し、大変申し訳ないと思いつつも、全体として僕にとってはよかった、という結論に達している。

(引用元:PRESIDENT Online『橋下徹”あえて言う。負けたからよかった”』
 この議論で重要となるポイントは、『太平洋戦争(第二次世界大戦)は良かった』という点ではなく、『戦後に大きく変わった(変えられた)政治体制が、社会に良い影響を与えた』という点である。
 以下では、戦前と戦後の政治体制の違いについて比較し、先の大戦が現代社会にもたらした影響についてみていく。

大日本帝国憲法(明治憲法)と日本国憲法

 今でこそ『国民主権』『基本的人権の尊重』『平和主義』が日本国民にとって当然の権利や理念として考えられているが、この考えは日本の長い歴史から考えると極めて新しいものである。今でこそ自分たちの代表(権力者)を自分たちで決定し、国民一人ひとりの生命や財産が手厚く保護され、国家は平和の実現のために活動を行うが、これらはすべて戦後に制定された『日本国憲法』があってのことである。

 戦前の大日本帝国憲法では、天皇が国の権限をすべて掌握していた。臣民(国民)の権利は法律の範囲内で天皇から与えられたものに過ぎなかった。すなわち、天皇が国民の権利や自由を意図的に制限できた。(現行の日本国憲法下では不可能)

大日本帝国憲法(明治憲法)と日本国憲法の違い

 大日本帝国憲法(明治憲法)と日本国憲法には、主に以下のような違いがある。

【憲法の作成者】
・大日本帝国憲法:明治政府
・日本国憲法:日本国民(※GHQ(アメリカ)が作成したものを、日本国民が承認した。国民投票によって自由に修正や作成が可能)

【主権の帰属】
・大日本帝国憲法:天皇に属する。
・日本国憲法:国民に属する。

【天皇の位置づけ】
・大日本帝国憲法:国家元首、神聖不可侵の存在。
・日本国憲法:国民の象徴(政治権力を持たない)。

【国民の人権】
・大日本帝国憲法:制定された法律の範囲内でのみ、自由や権利が認められる。すなわち、法律によって自由や権利を大きく制限することが可能。
・日本国憲法:永久不可侵の権利として保障されている。

【国会の役割】
・大日本帝国憲法:天皇の協賛機関(天皇の政治運営を補佐する機関)
・日本国憲法:国権の最高機関(国民が代表を選び、その代表が政治を行う)

【内閣の役割】
・大日本帝国憲法:天皇の輔弼(ほひつ)機関(天皇の政治運営を補佐する機関)
・日本国憲法:国民が選んだ代表による国会の決定(法律)を遂行する機関

【裁判所の役割】
・大日本帝国憲法:天皇の名による裁判が行われる。
・日本国憲法:天皇や国会・内閣から独立し、法に基づいて裁判が行われる。

【憲法改正】
・大日本帝国憲法:天皇が発議する。
・日本国憲法:国民(によって選ばれた議員)が発議する。

【軍隊/自衛隊】
・大日本帝国憲法:天皇が軍隊を直接率いる。臣民(国民)には兵役の義務がある。
・日本国憲法:国民の代表によって選ばれた内閣総理大臣が最高指揮官。

 ふたつの憲法の最も大きな違いは、主権が国民にあるか天皇にあるかの違いである。現行の日本国憲法の場合であれば、最高決定権者である内閣総理大臣は国会議員によって選ばれ、国会議員は国民(有権者)によって選ばれるため、国家の運営は国民に委ねられている。
 仮に、政府によって悪しき決定が下されようとするとき、日本国憲法下であれば国民による是正が可能であるが、大日本帝国憲法下では主権が国民にないため、是正は不可能となる。太平洋戦争(第二次世界大戦)の惨禍は、国民による国家の制御が効かないところから生じたものであるといえる。

GHQの統治が日本にもたらしたもの

 終戦後、日本はアメリカをはじめとするGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の統治下に置かれた。終戦直後のアメリカにとっては、次なる脅威は社会主義・共産主義の中心にいたソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)だった。そのため、戦後の日本の処理を担ったアメリカは、世界に広がりをみせていた社会主義・共産主義に対抗すべく日本の民主化を進める方針を採った。そこで生み出されたのが、『国民主権』『基本的人権の尊重』『平和主義』という原則が盛り込まれた現在の日本国憲法である。この憲法ゆえに、73年経った現在でも日本国民の生命と財産、そして国家の平和は守られている。

 斜に構えた言い方になるかもしれないが、戦前の日本政府が作成した大日本帝国憲法よりも、アメリカ(GHQ)が作成した日本国憲法のほうが、日本社会をより健全かつ平和に発展させてきたといえる。戦後一貫してアメリカに保護され続け、国力を軍事ではなく経済発展に注力できた日本社会は、1968年にドイツを抜いて世界2位の経済大国となった。(その後、40年以上にわたって世界2位の経済大国であり続けた。)

 もしも太平洋戦争(第二次世界大戦)に日本が勝利していたら、社会(政治体制)はどのように変化しただろうか。終戦後に、『よし、大日本帝国憲法を見直そう!天皇の主権をやめて国民主権にしよう!』となっただろうか。それはおそらく、ない。国民に主権がない大日本帝国憲法下で、天皇やその協賛・輔弼(ほひつ)機関である国会や内閣が自らの意志で自らの権利を国民に譲渡することは考えにくい。
 このような体制の中で、大きな転機を実現したのが日本の“敗戦”である。敗戦によってGHQが強制的に日本の政体(憲法)を変更させたことが、国民主権の実現につながった。

 以上の点を踏まえることで、冒頭で触れた橋下氏の『あの大戦で日本が負けたことは、(中略)全体として僕にとってはよかった、という結論に達している。』という発言の意味が分かる。

 戦後に制定された日本国憲法は、日本の社会を大きく変えた。『太平洋戦争(第二次世界大戦)は良かった』と結論づける人は少数だが、『戦後に大きく変わった政治体制が、社会に良い影響を与えた』と結論づける人は少数ではないだろう。戦後73年を迎えた今、『何が良くて、何が悪かったのか』という点について考えることは、なおも重要であろう。

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