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飲めばモラルが向上する薬『道徳ピル』

 政治社会学者の堀内進之介氏によれば、『飲むと他人への信頼感が増す』『服用すれば共感能力が向上する』『使うと認知能力が改善する』というヒトのモラルを向上させる薬である『道徳ピル』があるらしい。実験レベルでは効果が実証され、すでに一部では密かに使っている人々もいる。海外には、『誰もがこうした薬を服用することを義務化せよ』と主張する論者もいる。

科学技術で『道徳的』な人間を作り出す

 他者へのおもいやりや配慮、協調的な関係の構築と維持は、ヒトが生活を送る上で不可欠な要素である。とはいえ、それらがいつでも可能というわけではない。民族紛争や宗教対立、飢餓、内戦、ヘイトクライム、性差別など、さまざまな問題が山積している。
 こうした現状に対して、『道徳ピル』と呼ばれる薬を用いてヒトの潜在的な人種的偏見や攻撃衝動、リスク回避の傾向性などを抑制し、協調性や共感を増進させることで社会的な課題に対処すべきだと主張する者たちがいる。

 彼らが注目しているが、『道徳ピル』である。社会への損害を減らし、利益を向上させるには、ヒトの道徳的な性向を向上させる必要がある。ヒトは教育によって道徳の向上を目指してきたが、それには時間がかかり、その効果も限定的である。そのため、科学者たちは科学技術の力で道徳性や知性といった人間本性(Human Nature)を『改造』『改善』することで教育の目的を実現しようと主張する。

服用者が『道徳的』になった実験

 『道徳ピル』は、いくつかの実験によって効果が確認されている。例えば、ゲーテ大学の研究グループは2005年に神経ペプチドである『オキシトシン』が闘争欲や恐怖心を鎮め、他者との親和的で協力的な行動を促進する作用があるという研究結果を報告している。この研究結果は、スイスのチューリッヒで健康な男子大学生58人を対象に行われた実験から得られた。
 この実験では、半数の29名が資産を持つ『投資家』となり、残りの29名が資産を運用する『信託者』となる。投資家は2つのグループに分けられ、一方のグループには本物のオキシトシンを、他方のグループには偽物を、それぞれ鼻から吸引させた。
 その結果、本物のオキシトシンを吸引した投資家のグループだけが全額に近い資産を信託者に委ねた。このことから、オキシトシンは不安を抑制するように作用し、そのことによって他者への愛着や信頼感を増加させる効果があると結論づけられた。

 抗うつ剤として知られる選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)も、不安や恐怖感を高める受容体の働きを抑える作用があることからオキシトシンと同様に他者との親和的で協力的な行動を促進したり、攻撃的な衝動を抑制すると考えられている。

 さらに、2012年にはプリマス大学の社会心理学者の研究グループが、高血圧の治療薬であるβブロッカーには人種差別的な反応を減少させる効果があるという研究結果を報告している。
 この研究では、健康な白人のボランティアを2つのグループに分け、一方には本物のβブロッカーであるプロプレラノール40mgを、他方のグループには偽物を服用してもらい、服用から1~2時間後に潜在的な人種的偏見を測定するテスト(IAT)を受けてもらった。黒人と白人の写真を好意的か否定的かに即座に分別してもらうというものだ。
 その結果、本物のプロプレラノールを服用したグループでは潜在的な人種偏見の傾向が著しく低下した。

 このように、いくつかの薬剤には『道徳ピル』と呼べる効果が確かめられている。しかし、他方では薬剤の影響で偏向的になったり必要な感情的反応全般が鈍くなるなどの副作用も確認されている。そのため、『道徳ピル』がすぐさま世界中に普及するというわけではない。

 一定の効果がみられている『道徳ピル』。その実用化には時間がかかるかもしれないが、いつか社会に浸透するかもしれない。

◇参考サイト
それは希望か、ディストピアの始まりか(堀内進之介《政治社会学者》)

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