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『国立大学法人化』と『科学研究の衰退』

 『国立大学の独立行政法人化以降、日本の科学研究は衰退している』と主張するのは、神戸大学大学院の中屋敷 均教授だ。ここでは、中屋敷教授のコラムを基に大学研究の在り方について考える。

国立大学法人化によって変化した研究環境

 近年、日本の科学論文の世界における相対的な地位の低下が指摘される。2017年の『ネイチャー』誌では、日本人の論文数が過去5年間で8.3%も減少した点について言及している。また、科学論文をより広く網羅するスコーパス・データベースに収録されている日本人論文の割合は、2005年の7.4%から2015年には4.7%へと減少した。

 2004年に国立大学が法人化して競争原理が導入されて以降、研究環境は悪化したといわれている。
 法人化以前の大学は、大学から支給される研究費だけで研究を続けることができた。しかし、『選択と集中』を掲げた法人化によって、それが難しくなっている。国からの運営費交付金が減り、営業成績に準じた賞与のような資金(予算)が増えた。

 運営費交付金の大部分は職員の給与や大学運営に必須な部分に使われており、減らされたのは教員の研究費である。その代わりに競争原理による研究費を増やすことで、『能力のある研究者は競争に勝ち抜いて自らお金を稼ぐ』という考えが法人化の根底にある。
 なお、資金(予算)だけでなく雇用の形態も競争的になった。若い研究者を中心に雇用が任期付きになり、若手研究者は社会的に不安定な身分となった。成果を出し続けなければ、任期が切れた際に次の職がない。この制度の根底には、『競争原理の中で研究をすることで、より良い結果が早く出るようになるはず』『野球選手であれば、結果が出なければ一軍には残れず、いずれは野球を諦めるしかない。それと同じ競争だ』という考え方がある。

過度な『選択と集中』

 大学の在り方については、以前から『レジャーランド』と揶揄されることもあった。それゆえ、競争原理を導入することで能力の劣る研究者を淘汰する仕組みを設けるという考えには一理あるかもしれない。

 それでは、なぜ競争原理を導入した日本の科学研究が衰退しているのか。原因のひとつは、過度な『選択と集中』である。選択と集中は、対象を一部に絞って集中的に投資をしていく方針である。その結果、多くの予算が割り当てられる研究者がいる一方で、予算不足のために研究ができないという層も生じる。予算が不足することで研究の継続が不可能となり、研究論文が書けなくなる。すると、さらに予算が割り振られず、悪循環に陥る。これにより、研究者の結果・成果が削がれるようになる。

 こうした格差は、研究者としての力量の差を越えた形で現れているといわれている。費用対効果を考えると、現状は明らかに行き過ぎているということである。また、若手の研究者を中心に、優秀であっても安定したポストが得られないということも起きている。40歳を超えても、家族がいても、任期が来れば職がなくなってしまう。そんな業種を若い優秀な研究者が志望するとは考えにくい。

競争原理の弊害

 研究分野に過度の競争原理を導入することの弊害として、研究者の選択肢が影響を受けているという点もあげられる。

 選択と集中を行うためには、さまざまな研究分野を対象に予算の配分のための評価が必要となる。しかし、研究評価は誰の目にも明らかな数字で行うことは困難である。例えば、ガンに関する研究と地球温暖化に関する研究のどちらが重要かと問われると評価が難しい。研究内容の評価は、評価者の価値観に左右される。それゆえ、より客観的なものとして研究者どのような論文をどれほど完成させているかといった点が重視される。

 論文の質の評価には、他の論文にどれほど引用されたかという『インパクトファクター』と呼ばれる指標が主に用いられる。また、近年では研究成果の社会への還元が重視されており、研究成果が社会にどのように役に立つのかという点も厳しく評価される傾向がある。このような評価の基準は“淘汰圧”となり、必然的に研究分野の選択に影響を与える。すなわち、予算の獲得のためには評価される分野を選ぶ必要が生じる。任期付きの研究者にとっては次の雇用が確保できるかどうかが重要な問題となり、確実に論文を書けるテーマやインパクトファクターの高い雑誌に載る論文がかけるようなテーマを選ぶ方向に圧がかかる。その結果、自身が本当に知りたいことよりも、自身の雇用を確保するためにはどうすれば良いかを考えて研究せざるを得なくなる。

短期的な利益の追求では実現できない成果・利益

 研究分野への競争原理の導入は、多様な分野への参入を妨げ、さらには長期的な利益の実現を困難なものにする。
株主の主体力学 ‐経営権の行使がもたらす利益‐』で触れたように、超長期的な研究・投資によってようやく実現できる成果や利益もある。東レの炭素繊維(カーボンファイバー)技術は、歴代の経営者が5代、40年間にわたって赤字を計上して続けられた上で完成に至った。40年間の投資額は数千億円といわれているが、納入先のひとつであるアメリカ・ボーイング社との契約による収益は、総計1兆円という試算もある。

 行政府の役割は、利益を生み出し続ける必要がある民間企業では困難な事業や、利益の実現までに長期間が必要となる事業の支援にある。かつての国立大学と行政府の関係がそうであった。こうした短期的な利益を求めない組織運営・組織支援が、結果的に日本の多くのノーベル賞の基礎を築いたといえる。

 日本が再び科学技術立国として世界で存在感を示すには、まずは大学での研究の在り方を見直す必要があるのかもしれない。

◇参考サイト
日本の科学研究が衰退している「2つの理由」

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