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【世界ふしぎ発見】玄奘三蔵のシルクロード大紀行!《ミステリーハンター(レポーター)は尾花貴絵(おばなきえ)》【9月29日放送分】

 今日の『世界ふしぎ発見』は、西遊記の三蔵法師のモデルとなった玄奘(げんじょう)の軌跡。中国から中央アジアまでの30,000kmの旅。ミステリーハンター(レポーター)は、尾花貴絵(おばな きえ)

尾花貴絵(おばなきえ)って?


 

 1992年7月28日生まれ。神奈川県出身。女性ファッションモデル・タレント・女優として数々のドラマや映画、CM、バラエティ番組などで幅広く活躍。趣味は料理やお菓づくり。特技はバレエで、カナダへの留学経験もある。ミステリーハンターは今回で2回目。父はプロ野球・ヤクルトスワローズの投手として活躍し、横浜ベイスターズの監督を務めた尾花高夫。オスカープロモーション所属。

玄奘って?


 玄奘(602年~664年)は、唐代の中国の訳経僧。玄奘は戒名であり、俗名は陳褘(チンイ)。尊称は法師、三蔵など。

 玄奘の青春時代は、隋から唐への混乱時代であり、社会不安を背景に仏教教理の研究がさかんであった。仏教教理のなかでも特に難解な唯識(ゆいしき)の教理を探求していた玄奘は、サンスクリット経典を直に研究することを思い立った。唐は対外関係上、外国への旅行を禁じていたので国禁を犯しての出国となった。629年、玄奘は唐から陸路でインドに向かった。当時のインドは北インドを統一したハルシャ=ヴァルダナの治世で、平安な時代であった。ハルシャ=ヴァルダナは仏教を保護したのでインド仏教の最後の繫栄の時代でもあった。しかし、かつての仏教の聖地であるガンダーラは既に荒廃していた。
 玄奘は北インドでハルシャ王の厚い保護を受けながら、ガンジス川中流域のナーランダーを訪れて5年間にわたってナーランダー僧院で仏教を学び、巡礼や仏教研究を行った。
 645年、玄奘は経典657部や仏像などを持って唐に帰還。その頃になると唐の混乱は落ち着きを取り戻し、治世は安定していた。唐は積極的に対外進出を目指そうという時代になっており、玄奘は仏教保護という国策とあいまって太宗の保護を受け、国家的事業というべき翻訳事業に着手した。玄奘が居住した大慈恩(だいじおん)寺には、インドから持ち帰った経典をおさめるために塔が立てられた。これが現在まで残っている大雁(だいがん)塔であり、西安のシンボルともなっている。

 唐に帰還して以降は翻訳作業で従来の誤りを正し、後に法相宗の開祖となった。インドへの旅は地誌『大唐西域記(だいとうさいいきき)』として著し、明代の伝奇小説『西遊記』の基となった。

◇『世界ふしぎ発見』公式ホームページ
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/

◇参考文献
詳説世界史研究

◇関連記事
政治・経済・社会・文明・文化の誕生と起源、発展の6000年の歴史(世界史)

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