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国際政治経済における主体力学

 『民主主義社会における“公権力”と“主体力学”』にて述べたように、利益を求める特定の集団の働きかけによって、政府の方針が決定される場合がある。こうして決定された政府の方針による影響は、場合によっては国内だけでなく諸外国にも及ぶことにもなる。例えば、アメリカのロビイストの活動による影響が日本にも及び、アメリカの特定の企業の利益の実現ために日本の企業や国民が不利益を被ることも考えられる。すなわち、アメリカ企業のロビー活動が、結果的に日本の国民の給与の手取り額を減少させることになりうる。
 以下では、アメリカのロビイストによって日本の企業や国民が不利益を被った例についてみる。

鉄鋼産業の場合

 1950年、アメリカは世界の鉄鋼(粗鉄)生産の46%を占めていた。その頃、日本やヨーロッパでは鉄鋼の製造分野で新技術を導入し始めていた。こうした新技術の導入により、日本やヨーロッパではアメリカよりも安価で高品質な鉄鋼を生産することが可能となった。これに対してアメリカでは直近に鉄鋼業界の設備投資が一段落したばかりであり、労働組合の反対もあって新技術の導入は行われなかった。その結果、日本やヨーロッパではアメリカよりも安価で高品質な鉄鋼の生産が行われ、アメリカが生産する高価で低品質な鉄鋼に対する需要は減少していった。これにより、鉄を必要としているアメリカの製造企業は自国の鉄を利用せず、日本やヨーロッパから輸入される鉄を利用するようになった。こうしてアメリカは、1959年に鉄鋼の輸入超過国に転じた。このとき、アメリカが輸入する鉄鋼製品の40%が日本製であった。

 これを受けたアメリカの鉄鋼産業界は、自身の利益を保護するために、アメリカ政府に対してロビー活動を行った。その結果、1968年に日本とヨーロッパはアメリカとの間で鉄の輸出自主規制を行うことになった。こうして鉄鋼産業界のロビー活動により、アメリカの鉄鋼産業は保護されることになった。もっとも、アメリカの鉄鋼メーカーに一定の利益がもたらされた反面、それ以外の分野でもたらされた不利益は大きかった。不利益を被った主体の例としては、アメリカ国内で鉄を必要としている製造メーカーが挙げられる。アメリカ国内の鉄鋼産業を保護する政策により、鉄を必要としているアメリカ国内の企業は良質で安価な鉄を輸入することができなくなったため、国内にて低品質・高価格の鉄を購入しなければならなかった。また、日本やヨーロッパの鉄鋼メーカーは、良質な鉄を輸出することができず、販売機会を失うことになった。

 ロビー活動によって不利益を被ったのは、鉄を必要としている製造メーカーや海外の鉄鋼メーカーだけではない。アメリカの鉄鋼メーカーは政府によって保護されたことで、低品質かつ高価な鉄鋼を製造していても企業として存続できるようになった。その結果、アメリカの鉄鋼産業では技術の進歩が生じず、1950年に46%を占めていた世界シェアは1980年代には15%にまで低下した。また、シェアの低下によって製造人口も減少し、1980年には60万人近くいた労働者は1990年には28万人にまで減少した。こうしてアメリカの鉄鋼業界は、自らの利益を求めて政府に働きかけたことで停滞することになった。

自動車産業の場合

 日本では通産省による自動車製造の自由化もあり、日本車の品質は年々上昇し、世界的にも優れたものとなっていった(参照:『政府による“自由と統制”が社会の発展に与える影響について』)。そんな中、1970年代末に日本の低燃費車の対米輸出が急増し、アメリカの外国製輸入車台数の76.3%が日本製となっていた。それが要因となり、アメリカの自動車業界が政府に働きかけることになった。全米自動車労働組合会長は日本車の輸入によってアメリカ自動車産業の労働者が職を奪われると主張して日本車の不買運動を提案し、アメリカ議会がそれを支持する中で重大な政治問題となった。
 こうして翌年の1980年には、日本からの自動車輸入を防ぐべく、アメリカ議会に『対日輸入車規制法案』が提出されることになった。そんな中、1981年に誕生したアメリカの新しい政権は、アメリカ国内の自動車産業救済策を発表した。日本政府はこれを受けてアメリカへの自動車輸出を抑える自主規制措置をとることになった。この自動車輸出の自主規制は、1990年代初めまで継続された。

 アメリカ社会全体の利益を考えるのであれば、日本車の輸入を認めることによってアメリカの自動車産業や労働者が失う利益よりも、アメリカ国民が安価で良質な(つまりは故障が少なく燃費が良い)自動車を購入することによって得られる利益の方が大きいために、輸入を認めることが社会の発展につながるといえる。もっとも、自動車を購入することで利益を得る一人一人のアメリカ国民よりも、自動車産業という集団がもつ『議員の支援力』が大きいため、そのような支援を受けた議員によって構成される政府は、社会全体の利益ではなく自動車産業の利益を優先することになる。『民主主義社会における“公権力”と“主体力学”』で触れたようにように、議員によって構成される『政府』とは、議員を支援した集団の利益を実現するための存在である。そのため、社会全体の利益は実現されず、利益を求めるそれぞれの集団や組織の力学によって社会は停滞していくことになる。

 こうしてアメリカの自動車産業は鉄鋼産業と同じく技術の進歩が滞り、かつて世界で通用したアメリカの自動車は世界で取り残されていくことになる。その結果、2014年に消費者団体によって発表された自動車の信頼度ランキングでは、1位にレクサス(トヨタブランド)、2位にトヨタ、3位にマツダ、4位にホンダ、そして5位にアウディ(ドイツ)が選ばれる中、アメリカのゼネラルモーターズは6位となった。

半導体産業の場合

 1976年当時、日本の半導体製造装置は、国内産が全体の20%程度であり、80%をアメリカから輸入していた。そこで通産省は自国の半導体製造技術の水準を高めるべく、電子技術総合研究所の下に富士通、日立製作所、三菱電機、日本電気(現NEC)、東芝を集め、『超LSI技術研究組合』を結成した。これを期に、日本の半導体産業は発展した(参照:『政府による“自由と統制”が社会の発展に与える影響について』)。1980年代後半には世界の半導体生産ランキングでNEC、東芝、日立の3社が1~3位を占め、アメリカを抜いて世界一のシェアとなった。その当時、日本市場においてアメリカの半導体の売上シェアは11%程度であった。
 そんな中、1985年にアメリカ半導体工業会は『不公正な取引慣行がある』として日本の半導体メーカーを提訴した。翌年の1986年、日米両国の政府間で締結された日米半導体協定によって日本で消費する半導体デバイスの20%を外国製とするという規定が制定され、アメリカ製の半導体の販売に努めるべきであるとされた。また、アメリカのコンピューターメーカーのロビー活動により、アメリカのスーパーコンピューターを日本が購入しないこと対する抗議も行われた。これにより、日本がアメリカ製のコンピューターに市場を開放しなければ報復措置を採るべきという決議がアメリカ議会(上院)で可決された。その結果、1990年に調達手続き協定によって合意がなされ、京都大学、東北大学のスーパーコンピューターはアメリカの企業の単独入札となり、日本が製造したコンピューターを購入することはできなかった。

力学がもたらす損失

 これらの事例では、特定の集団が自らの利益を実現するためにロビー活動を行うことにより、“技術力があるがゆえに販売できない”という、資本主義経済の原則に矛盾する結果が生じることを示している。日本の企業の技術が高ければ高いほど、アメリカの企業は自社の利益のためにアメリカ議会(政府)に働きかけ、アメリカ政府は自国(政府を支持する集団)の利益を保護するために日本企業の製品の販売機会を制限することになる。こうした一国内での“利益を求める活動”が、結果的に諸外国において損失を生じさせ、経済・社会を停滞させる要因となる。

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