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株主の主体力学 ‐経営権の行使がもたらす利益‐

 株式の本質が企業にどのような影響を与えるかについて考える。

株式の本質

 自己資金で企業を設立した場合、その企業の所有者は“企業の設立者”である。これに対して、設立した企業が株式会社となって株式市場に上場した場合、会社の所有者は株式を購入した投資家(=株主)となる。法律上、上場している株式会社の所有者は経営者や従業員ではなく、企業の株式を有する株主である。株主は企業の所有者であるがゆえに、企業経営の最高決定権を有する。これは日本であれアメリカであれ、株式会社制度を採用している全ての社会に当てはまる。

 株主は、利益を得るために企業の株式を取得・売却する。こうした株主の行動により、株式市場において株式の取得と売却が繰り返されることになる。株主は自らの利益のために企業経営に関与することになるが、遠い将来に得られる利益よりも、より近い将来に得られる利益を重視する傾向がある。そのため、株主の影響が強い企業ほど長期的な観点からの経営が困難となる。
 株主と企業の関係は、株主が企業に対して経営方針の決定権を有しているという点において、政府が企業に対する一定の決定権を有しているという点に類似している(参考:政府による“『自由と統制”が社会の発展に与える影響について』)。そして、政府が企業に対して“自由”と“統制”をどの程度定めるかによって企業の発展と停滞が決定付けられるのと同様に、株主が企業に対してどの程度の“自由”と“統制”を定めるかによって企業の発展と停滞が決定付けられることになる。
 この点、日本とアメリカではそれぞれ株式会社制度を採用しているが、歴史的背景から株主と企業の関係は異なったものとなっている。以下では、アメリカと日本のそれぞれの企業における株主の影響力についてみる。

アメリカの株主の場合

 アメリカでは1970年代以降、企業統治の在り方として『株主資本主義』が浸透してきた。この立場では企業の経営者は従業員をはじめとする『企業』の利益ではなく、株式を所有している『株主』の利益を実現するべきであるとの考えがある。そのため、『企業の長期的な存続や発展』ではなく、『株主配当金の増額』、または『株価の上昇』を目標に経営を行うべきだとされる。株主は利益が得られる株式であれば取得し、利益が得られない株式であれば売却することが可能であるため、自らの利益を長期間に渡って待つ必要がない。そのため、株主は企業に長期的な戦略を求めず、短期的な利益のための経営戦略や経営方針を求める傾向が強くなる。

 株主が自己の利益を優先して“企業の経営における決定権”を行使する結果、企業の経営者は自社の事業規模や雇用の安定ではなく、短期的な収益性を重視せざるを得なくなる。それゆえ、長期的な展望を描いた企業運営ではなく利益率の低い部門の整理や売却による利益の確保を目的として、組織再編や人員削減が行われることになる。この点、かつてのアメリカ産業界にみられた『金融分野への事業展開』(参考:『サブプライム問題と主体力学』)は、その利益率の高さから株主に迎合された結果であるといえる。
 なお、アメリカ企業の経営者の報酬は、固定給以外にも“株価と連動した報酬”が設けられることが多い。すなわち、事業収入だけでなく、株価の上昇によって得られる利益がある。そのため、事業収入が減少しても株価が上昇すれば、経営者は利益を得ることができる。こうした制度により、アメリカ企業は長期的な観点からの経営を行うことが困難となり、技術の蓄積も生じにくい環境となっている。
 このことから、アメリカの産業社会を停滞させた原因は『企業による利益の追求』と、『株主による利益の追求』の両方であることがわかる。こうして、『利益の追求』がもたらす力学により、産業社会は停滞していくことになる。

日本の株主の場合

 日本はアメリカと同様に株式会社制度を採用するが、株主と企業との関係はアメリカと異なったものとなっている。こうした違いは、第二次世界大戦後に生じた。

 第二次世界大戦終戦直後、日本の工業力は低下し、資源も乏しい状態であった。そこで政府は企業の過当競争による共倒れを防ぐべく、『競争による経済発展』ではなく、『非競争(協調)による経済発展』を目指した。すなわち政府が最も競争力のない企業に他の企業の経営を合わせるよう産業界に対して指導を行うことで共存を図った。政府機関である中央省庁を頂点に、旧財閥の系列ごとに大企業‐中企業‐小企業‐零細企業とひとまとまりになり、一つの『系列』を形成した。こうした登場した系列はそれぞれが全ての産業分野に渡って企業を有することになった。すなわち、各系列が電子機器・家電から素材・鉄鋼・土木に至るまでを有していた。そしてそれぞれの系列はその中心に銀行を配置し、原則として他の系列とは取引を行わず、自身の系列内で調達・生産・販売が行われた。この『系列』が、後に日本の株式制度の在り方を特殊なものにする要因となった。
 1960年代になると、日本では資本取引の自由化により、外国資本(外国企業や外国人投資家)による日本企業の買収の可能性が生じた。日本企業ではこうした買収を防止するために、系列の企業間で株式の持ち合いを行った。こうすることで外国資本による日本企業の買収を防止し、相互取引関係の密接化、企業集団の結束強化を図った。なお、系列内での取引相手企業の株式を相互に保有する『株式の持ち合い』は、系列取引を安定的に継続させるために効果的だった。この株式の持合によって、互いの経営基盤を保障する保険機能が作用していた。一般的な株式市場では、企業は経営資金を調達するために企業は株式を発行して(つまりは経営権を売却して)資金を得るのが、この点、日本の経済市場の特殊性から、日本企業は不特定多数の投資家(=株主)から資金を調達する必要性はなかった。日本企業の資金調達に関しては、現在では社債や株式など発行による“直接金融”の比率が高いが、90年代以前では銀行からの借入による“間接金融”の比率が高かった。こうした90年代以前の銀行借入型の財務構造によって、企業の主要取引銀行は『メインバンク』として企業の投資計画業務の監査や監督機能を担っていた。これにより銀行は、通常の経営時には各種手数料や貸付利子によって収益を得ており、企業の経営が危機に瀕すると企業に対して追加融資や返済猶予、または金利の優遇や役員の派遣などの救済措置を行うことで企業経営を支えた。
 このように、銀行は企業に対して融資や経営に関する監査・助言を行うことで企業を安定的な融資先とし、さらには決済口座を常設することによる各種手数料として収益を得る形で企業との相互関係を保っていた。企業はこうして銀行によって経営の安定が保たれることで、長期的な観点から経営を行うことができた。

 上述したように、一般的な株式市場では企業が資金調達のために株式を発行(つまりは経営権を売却)するために株主による経営への干渉をもたらすことになるが、日本のように『系列企業による株式の持ち合い』と『主要取引銀行からの融資』があれば、株式市場において不特定多数の株主から資金を集める必要がない。それゆえ、日本企業は株式の“力学”による影響を受けることなく、長期的な観点から経営を行うことが可能であった。
 もっとも、1990年代以降には金融の自由化や国際化によって企業と銀行の関係が希薄になり、さらにはバブルの崩壊によって銀行からの企業への貸し出しが減少したため、いわゆる“メインバンク”という日本型システムの機能も低下することになった。とはいえ、アメリカでの株主・企業の関係と比較すると、日本の企業では未だ株主の影響力が弱いため、長期的な観点から経営を行うことが可能となっている。

長期的観点の経営による東レの炭素繊維(カーボンファイバー)技術

 長期的な観点から経営を行うことで開発された技術の例として、東レの炭素繊維(カーボンファイバー)技術を挙げることができる。炭素繊維は鉄と比較し、重量が4分の1、強度が10倍であり、鉄よりも強くアルミよりも軽い素材である。炭素繊維は錆びず、耐久性・耐熱性に優れ、加工しやすい特徴がある。
 1971年に東レが炭素繊維の商業生産を始めた後、アメリカやヨーロッパの企業も開発・生産へと参入した。しかし、製品化には高度な技術が必要であり、費用に見合う利益を実現できないと判断した多くの企業は炭素繊維事業から撤退した。しかし、アメリカやヨーロッパの企業が撤退した後も日本企業は研究・開発を続け、東レ、東邦テナックス、三菱レイヨンの三社で世界シェアの7割を占めるまでになった。
 2006年には、東レが開発した炭素繊維(カーボンファイバー)がアメリカの新型旅客機『ボーイング787』の構造材に全面採用されることが発表された。なお、東レの炭素繊維の研究・開発は、歴代の経営者が5代、40年間に渡って赤字を計上して続けられていた。40年間の投資額は数千億円といわれているが、ボーイング社との契約による収益は総計1兆円といわれている。

まとめ

 東レは長期に渡る投資と開発を経て、多くの利益を実現した。こうした東レの長期に渡る投資と開発は、短期的利益を求める株主主導による経営では実現されなかったといえる。
 株主の利益を実現するための権利の行使は、ときに企業と従業員の損失(逸失利益)を生じさせることになる。

 この点、株主の力学を受けることなく“自由”に経営を行うことができる日本の経済市場では、技術の進歩(すなわち企業の発展)が実現しやすい環境となっている。現在では日本の企業間での株式の持ち合い少なくなっているが、アメリカと比較すると株主の影響力は弱く、現在でも日本企業では長期的視点に立った経営が行われている。
 

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